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はたらく魔王さま! (3) (電撃コミックス)

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はたらく魔王さま!SS 恵美「もし私が日本に馴染めなかったら」

■注意!

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・2ちゃんねるのSSです
・若干のグロ注意。


梨香「えと、遊佐さん。良かったらお昼一緒しない?」

鈴木梨香が――恵美は下の名前を覚えていなかったが――そう恵美を誘う。
内心の憂鬱さを抑えて恵美が答えた。

恵美「ごめんなさい、銀行に用事があるから」

明らかに作ったと分かる笑顔と声に梨香が怯む。

梨香「え、あ……そっか。……ごめんね、また今度誘うね」

弱々しい笑顔でそう言って離れる彼女の背を見て、恵美は他人に聞こえないよう嘆息する。

恵美(……今度、か。彼女も放っておいてくれればいいのに)

最初のうちは、美しく仕事もできる恵美に好感を持ち何人もの同僚が声をかけた。
それらに愛想のない対応を続けた結果、今では業務以外で彼女に話しかけてくるのは梨香だけだ。

入社時に義理で出席した恵美自身の歓迎会で、出身地の話が出た。
そのとき出身を誤魔化して明かさなかったのが恵美と梨香の二人だった。
その辺りにシンパシーを感じたのか、梨香は度々恵美に話しかけてくる。
相手の正確な心情は測れなかったが、それは恵美には苦痛だった。

恵美(同僚なんてどうでもいい。友達だっていらない)

恵美(だって、どうせ……ここは私の世界じゃないのだから)






今でも思い出す、あの日の絶望。
彼女、勇者エミリアが元いた世界、エンテ・イスラから日本にやってきた日。

それは簡単な作業のはずだった。
父の敵である魔王サタンを倒すべく乗り込んだ魔王城での死闘の末、
追い詰められゲートに逃げ込んだ魔王サタンと悪魔大元帥アルシエルは弱っており、
エミリアは彼らにとどめを刺すべくゲートに入り追いかけた。
ゲートを出て魔王に追いつけばすぐに倒せるはずで、
そのあとは大神官オルバがゲートを開き再びエンテ・イスラに戻る。
それで全てが終わるはずだった。

それがどうだ。
ゲートを出てみれば魔王達の姿はない。
同行するはずだったオルバは、ゲートが閉じるのに間に合わずこちらには来られなかった。
さらに自身の戦闘力の源である聖法気が、そこら中に溢れていた
エンテ・イスラと違いこの世界では微塵も感じられず、補給もできない。
気が遠くなった。

考え、悩み、出した結論は、当面この世界で働き生きていくということだった。
エミリアの能力を持ってすれば、非合法な手段で衣食住の確保もできたが、
それは彼女の勇者としての矜持が許さなかったし、第一補給の当てもない聖法気を無駄遣いできなかった。
戸籍を作る際のみ催眠の術を使い、それ以降は日本の法律に従い生きてきた。

この国の情勢の把握、そして就職は難しくはなかった。
彼女は勇者としての能力で、ほぼ全ての生物との会話が成り立つ。
すぐにでも金が必要だった彼女は、人材不足が常のテレフォンアポインターとなった。
業務自体は前述の能力のおかげもあり、すぐこなせるようになった。

初めは、腰掛けのつもりだった。
この世界には聖法気同様、悪魔の力の源である魔力も存在しない。
弱った魔王達は力を回復することもできず、ゲートで別世界に逃げることもできず、近くで身を隠しているはずだ。
当座の生活をしのぎながら魔力の残滓を探せば容易く探し出せるはず。
ひょっとしたら残虐な奴らのことだ、残った魔力で騒ぎを起こすかもしれない。
どちらにしろ、打倒魔王は近い、そう思った。
いや、そう信じた。

それが、八ヶ月続いた。




空き時間のほとんどを魔王探索に費やしたが、魔力の欠片も見つからなかった。
彼らの化け物然とした姿を思えば、自分のように人間社会に溶け込むこともできまい。
もしかすると既にどこかで野垂れ死んでいるのだろうか?
ならばいっそこの世界に腰を落ち着けることを考えたほうが建設的なのではないだろうか?
そんな考えがよぎりながらも、彼女は勇者であることをやめられなかった。
魔王を倒し、父の敵を討つことだけが彼女の生きる目標だったのだから。

そんな心の拠り所のない状態で続けるには、テレアポの仕事は過酷なものだった。
彼女にかかってくるのは、携帯電話についての質問やクレームだ。
説明書を端から端まで読めと叫びたくなるような質問から、
耳を塞いで無視したくなるような罵詈雑言まで、様々な負の言葉を毎日浴びせられ続けた。
その全てに彼女は丁寧に応対し、上司の評価は高かったが、代わりに何かが摩耗していく感覚があった。

なぜ私はこんなくだらないことをしている。
聖剣を手に、悪魔達に立ち向かうのが私の使命であるはずなのに。
その思いは、生きていくために必要な業務以外の全てへの積極性を彼女から奪っていった。
今の彼女には、友も、楽しみも、何もかもがなかった。
かろうじて残っている憎しみだけが彼女を生かしていた。




帰宅途中で惣菜を買って帰った。
恵美は料理をしない。そんな手間をかける情熱はなかった。

シャワーを浴び、温めた惣菜を作業のように黙々と食べる。

恵美(……いつもどおり、美味くも不味くもないわね)

食事すら面倒だった。
栄養を摂らなければ死んでしまうから補給しているだけだ。
この世界、特に日本の食文化はエンテ・イスラに比べ遥かに発展しており、
最初の頃は美味しい食事に喜ぶ気力もあったが、最早それもない。

食事が済むと、寝るには早いが何もすることがない退屈な時間が訪れる。
何の当てもなく魔王を探し街中を歩き続ける習慣はしばらく前にやめていた。

期待せずテレビをつける。適当にチャンネルを回すが、どの番組にも興味は惹かれなかった。
チャンネルを回し続けると、時代劇が映りだした。その瞬間、恵美はテレビを消した。
彼女は時代劇が嫌いだった。

恵美(あんなふうに、分かりやすい敵がいて、正義の味方がそれをやっつけて)

恵美(それで何もかも解決なんて、都合のいい滑稽な話、現実にあればいいのにね)

敵の姿も見つけられない彼女にとって、その定番の筋書きは自分を馬鹿にしているようにも思えた。
結局、恵美は電気を消してベッドに潜り込んだ。
どうせいつも、気が休まらず遅くまで眠れないのだ。
ならば横になって少しでも体力を回復しようと考えた。

カーテン越しの月明かりだけがぼんやりと照らす部屋で、天井を見上げている恵美に表情はなかった。
泣くのにもエネルギーが要るのだと知ったのはこの世界に来てからしばらくしてからだ。
初めの頃は自分の不甲斐なさ、仲間達や故郷への望郷の念で毎日泣き疲れて眠っていた。

恵美(……エメラダ、アルバート、オルバ)

恵美(皆、今の私を見たら怒るかしら。……泣くかしら)

共に旅した仲間達。恵美にとって初めての戦友、そして親友と呼んで良い者達だ。
だが今では、その顔もぼんやりとしか思い出せなくなっている。
それだけ一人の時間は長すぎた。

結局その晩も、眠りに落ちたのは早朝近くなってからだった。




それは、偶然だった。

出社途中に降りだした唐突な雨。折りたたみ傘もなく、道端で雨宿りをしていた。
天気まで私を虚仮にするのか、と心中で憂鬱さを覚えていると、

「よかったら、これ」

恵美「……え?」

「いきなり降ったから困ってるんじゃないかと思って」

そう言って恵美に傘を差し出す青年がいた。

青年は恵美に傘を貸し、濡れながら自転車で去っていった。
その背中を見送る恵美の顔は、普段の無表情でも、感謝の表情でもなかった。
そこにあったのは疑念と、驚き。

恵美(……姿はまったく違う。一見、ただの日本人だった。けど)

恵美(微かに感じた今の波動は……まさか、魔力?)

***

恵美は終業後、本屋で立ち読みをしていた。
無論目的は立ち読み自体ではない。
恵美の視線は本屋の向かいにある、マグロナルド幡ヶ谷店に向いていた。

先ほど彼が言ったとおり、今朝の青年はマグロナルドで働いていた。
時折手の空いたとき、ツインテールの可愛らしい店員と仲が良さそうに話している。
声は聞こえないが、その笑顔と機敏な動きから、彼が精力的に働いていることは見て取れた。
日々無気力に生きている自分とは大違いだと恵美は自嘲した。

恵美(……気のせい、よね? あれが魔王であるはずがない)

そう思いつつも、恵美は動かなかった。
この世界に来て、初めての手がかりかもしれないのだ。
彼女の中に残された最後の感情、怒りと殺意が彼女をそこに留めた。




立ち続けて一時間以上経ち、恵美が脚の疲れを気にしだした頃。
マグロナルドに異変があった。

恵美「ッ!?」

瞬間目をやると、店の奥まった場所で何かをしようとしている青年の姿。
その身体には、先ほどの微かなものとは違う、確かな魔力を宿していた。

恵美(……本当、に、魔王……)

間違いないはずだ。
魔王を追って来たこの世界のこの街に、たまたま他の悪魔がいたなどという偶然があってたまるものか。
意識してみれば、その黒髪と顔つきには魔王の面影が見えた。

恵美(いや、考えてる場合じゃない……あいつ、あそこで何を……!)

何をしようとしているかは分からないが、魔王が魔力で行うことが良いことなわけがない。
慌てて手に持っていた本を棚に戻し店を出ようとすると、

恵美(! ……魔力の行使を、やめた……?)

見れば魔王は他の店員と話していた。
何かの術を発動しかけて、やめたという風に見える。

恵美(……どういうことなの?)

魔王を見つけたかと思ったら、あろうことか人間の姿で真面目に働いている。
かと思えば魔力を使って何かをしようとし、やはり止めている。
停滞した日々から突然の事態の急変に、恵美は混乱していた。




時刻は深夜。
仕事が終わりマグロナルドを出て自転車で走る魔王の背後を追う恵美の姿があった。
魔王はゆっくり走っており、また信じられないことに信号を順守しているため、
小走りで後をつけることは難しくはなかった。

恵美(……大丈夫、気づかれないはず。術さえ使わなければ、相当近づくか意識しないと聖法気は察知されない)

魔王の処遇について、恵美は決めかねていた。
この場で襲いかかるという手もあった。
先ほど感じた魔力で測る限り、推測通り魔王は弱体化しており、魔力は回復されていない。
聖剣を持ってすれば一撃で葬れるだろう。
もしくは鞄に忍ばせている百均のナイフでも殺せるかもしれない。

恵美(けど、奴が力を隠している可能性もある)

弱体化と力の回復ができないことは恵美も同じだった。
下手に交戦して倒しきれなければ恵美が負ける可能性も高い。
魔王がこの街にいた以上、アルシエルもいるはずなのだ。

恵美(魔王は今、どこか……おそらく拠点に向かっている)

恵美(ひとまずその場所とアルシエルの所在を確かめるのが先決か……)

尾行していたのは十分足らずだっただろうか。
魔王がアパートの前で自転車を停めた。

恵美(……まさか、こんなところに魔王が?)

そのアパートはひどく古ぼけており、魔王どころか一般庶民でも住みたがる者はいまい。
困惑しながらも、恵美はブロック塀に隠れて魔王の様子を覗う。
魔王は錆びついた階段をギシギシと音を立てて登りながら二階に上がっていった。

あの階段を登れば気づかれるか、と恵美が歯噛みする。
仕方なくその場で聞き耳を立てると、魔王の声が聞こえた。




「帰ったぞー」

「おかえりなさいませ、魔王様。今日もお疲れ様でした」

はっきりと聞いた。
もう一人の男の声が、魔王様、と。

恵美(……)

恵美(……とても信じられないけど、でも状況から察するに――)

魔王と、おそらくアルシエルは、どういう手段を使ったのか、人間の姿になっている。
もしかすると、魔力のないこの世界の作用なのかもしれない。
そしてその姿で……人間社会に溶け込み、生活しているのだ。
間違いなく、邪悪な計画を企てながら。

ぎりっ、という音が聞こえた。
それが自分の歯ぎしりの音だと恵美が気づいたのは一瞬の後だった。

恵美の中に激しい怒りと憎しみが渦巻いていた。
彼女にとって久方ぶりに感じる激情だった。

その怒りは、夢にまで見た仇敵の姿に。
悪魔が人間に混ざって生活するおぞましさに。
そして、恵美に自覚はなかったが――自分と違い、やる気と誇りを感じさせながら働く彼の姿に。

恵美(……今は、我慢するのよ、エミリア)

魔王の拠点は確認した。アルシエルと同居しているようだ。
まず、二人が揃っているときに襲うのは得策ではない。
魔王が一人になったとき――できれば、奴の残している魔力の底を知ってから斬りかかる。
両腕で身体を抱え込むようにして、怒りからくる震えを抑えながら、彼女は帰途についた。




明日は魔王の働く店に入ってみようか……と今後の計画を練りながら歩く恵美。
彼女が自分のマンションに近づくと、深夜だというのに一人で立ち尽くしている人影があった。
仮に暴漢の類だったとして、聖法気を使わずとも対処は容易い。
そう考えつつ、恵美は人影に目をやりながらマンションに近づく。

近くに寄ると、変わった風体であることに気がついた。
初夏のうだるような暑さの中、その人物はフードのついたマントを着込んでいる。

恵美「……え?」

それが見慣れた、だが長い間目にしていない大法神協会のローブであることに恵美が気がつくと、

「久しぶりだな。私の顔は見忘れてしまったかね? エミリア」

男はフードを外した。

恵美「……オルバ!」

かつて共に旅をした仲間。大神官オルバの姿がそこにあった。

***

恵美「大したものはなくて悪いけど」

オルバ「いいや、礼を言うよ。喉が渇いていてね。この世界は暑いな」

恵美「それはこの季節にその格好ならそうでしょうよ」

恵美の部屋に座り、出された麦茶を飲み干すオルバを見て、恵美がくすりと笑う。

恵美(笑ったのは……何ヶ月ぶりかしら)

旅の仲間達は、恵美――勇者エミリアにとって心から信頼できる仲間だった。
言うなれば、少し年上のエメラダとアルバートは姉と兄のような、
経験豊富な老人でありパーティのまとめ役だったオルバは保護者のような立ち位置だったのだ。




恵美「それで、どうしてこんなところに……? それも、今」

恵美に責める意思はなかったが、オルバは苦い顔をして頭を下げた。

オルバ「まず謝らせてもらおう、エミリア。長い間お前を一人にしてしまった」

恵美「いいのよ。不可抗力だったわけだし」

オルバ「うむ……。あの時ゲートに入りそびれた私は、当然その後を追いかけることを考えたが」

オルバ「すぐにそうすることができなかったのだ。魔王はエンテ・イスラから消えたが、魔王軍残党の数は多かった」

オルバ「奴らの討伐、教会や諸王国との折衝、そして魔王とお前が飛んだ世界の特定」

オルバ「それらが済んで、ようやくお前を迎えに来られたというわけだ」

話を聞いて、恵美の表情が喜色に染まる。

恵美「じゃあ――」

オルバ「うむ、最早エンテ・イスラに魔王軍の脅威はない。あとはお前が帰れば全てが丸く収まるようになっている」

オルバ「エメラダもアルバートもこちらには来ていないが元気だ。お前のことを本当に心配していたよ」

恵美の眦に涙が浮かんだ。
自分にも、帰る場所はあるんだ。心配してくれる人はいるんだ。
その想いを制御できず、恵美は泣き笑いのような表情になる。
それをオルバは微笑ましそうに見ていた。




恵美「あ、……でも」

今すぐ帰るわけにはいかない。
この世界に燻る大きな不安の種。
その話をしようとすると、

オルバ「この世界で働く魔王のことかね?」

恵美「! 知っていたの!?」

オルバ「ああ。私がこの世界にきて数日だが、事情は把握している」

オルバ「お前にすぐ会いに来られなかったのも、魔王のことや魔力のことを最優先で探っていたためだ」

恵美「そうだったの……」

オルバは顔を険しくして続けた。

オルバ「いいかエミリア、お前は明日、魔王とアルシエルを倒すのだ」

オルバ「奴らは今、大した魔力を残していない。聖剣ならば容易く葬り去れるだろう」

オルバ「私は帰りのゲート制御用の力を温存するため主にお前に任せるが、負ける可能性はない」

魔王の魔力量が心配の種だったが、オルバが言うのならそうなのだろうと恵美が頷く。




オルバ「一つ注意してほしいのは、奴らの周りに人間が少ないときに戦いを挑むことだ」

恵美「なるべく被害を出さないためね?」

オルバ「それもあるが、それだけではない。どうやらこの世界では、人間の負の感情が魔力を精製するようだ」

オルバ「つまり奴らが辺りの人間に危害を加えたりすれば、その人間の恐怖や絶望が奴らの力になる」

オルバ「下手に魔力を回復されては敵わんからな」

恵美「……なるほど」

恵美「でもちょっと待って、私は少なくとも今日、ごく普通に働く魔王を見たわよ? 多分、これまでもずっと」

恵美「そういうことなら、残った魔力で悪事を働いて人間を襲ったりしないのが不可解だわ」

恵美の言いたいことは分かるとばかりにオルバが頷いた。

オルバ「効率の問題だ。一人二人を襲った所で得られる魔力は大した量ではない」

オルバ「それでこの国の官憲……警察と言ったかな? それに捕まり裁かれでもしたら本末転倒だろう」

オルバ「おそらくだが、魔王は……この世界すらも征服しようと企んでいる」

恵美「な……」

驚愕に恵美が目を見開く。
冗談であって欲しいと思ったが、オルバの顔は至極真面目だった。




オルバ「そのための飲食店勤めではないかと思う。あのマグロナルドという店は多くの客が訪れていただろう」

オルバ「例えばあの店の食材に毒物を混ぜでもしたら、近隣の住人の苦しみの感情は相当なものではないかね」

オルバ「そうして得た力でこの世界を地獄に変える。そして更に集まった力で、今度こそエンテ・イスラを」

オルバ「あの魔王の働きぶりは、その準備が整うまでの隠れ蓑といったところだろう」

恵美「……そんな、恐ろしいこと……」

オルバ「あくまで推測だが、裏付けもある。あの店の店員達を注意深く探ってみたかね?」

恵美「……いいえ」

オルバ「彼らは既に魔王に精神操作されている。魔王に逆らわないよう、魔王の邪魔にならないよう」

オルバ「中にはそれが行き過ぎて恋に近い感情を抱いている少女もいるようだったよ。……哀れなものだ」

言葉も出なかった。
言われてみれば納得のいくことだ。
魔王は他の店員に慕われている様子だった。悪魔にそんな芸当ができようはずもない。
そしてオルバの言うことが全て事実ならば、最早一刻の猶予もない。

恵美「……事態の重要性がようく分かったわ」

オルバ「うむ……。では、明日は頼む。魔王とアルシエルの居場所は把握しているか?」

恵美「ええ」

オルバ「さすがだ。では私は失礼するよ。明日のために、私も準備が必要だからな」

そう言って、オルバは部屋から出て行った。




恵美はいつものようにシャワーを浴び、ベッドに寝転がった
今日も寝られそうになかった。
ただしいつもと違い、不安や焦燥感からではない。気持ちの昂ぶりを抑えきれないからだ。

恵美(明日で全てが終わる)

恵美(お父さんの敵を取って、エンテ・イスラに……仲間の元に戻れる)

そのためには。そのために成すべきことは。

恵美(殺してやる)

恵美(魔王。卑劣で残虐な魔王。奴を必ず……殺してやる)

恵美自身には見えるわけもなかったが、その顔には凄惨な笑みが浮かんでいた。

***

翌日、恵美は会社に病欠の電話をかけた。
普段から無遅刻無欠席の恵美の言動は疑われることなく、その日は休みとなった。
身を軽くしたほうが良いと思ったため、移動のための財布と定期だけを持つ。
玄関から出る前に、部屋の中を見渡した。

恵美(もしかしたら今日、ここに帰らずにエンテ・イスラに戻るかもしれないんだけど)

恵美(……最後まで愛着は沸かなかったわね。ここにも、会社にも)

それでいいと恵美は思った。
所詮この世界は、自分にとって仮宿だったのだから。

恵美は躊躇いなくドアを開け、外に出た。




最初に向かったのは昨夜突き止めたアパートだった。
オルバの話を聞く限り、最悪そこで二人同時に相手取ることになっても負けはしないだろうという計算だ。

階段を登り、魔王の済む201号室の前に立つ。
ドアの脇には「真奥貞夫」「芦屋四郎」と書かれた表札があった。

恵美(……ふざけた冗談ね)

『まおう』などと。
魔王にもあったらしい悪戯心が恵美の神経を逆撫でする。

一つ深呼吸し、覚悟を決めてからインターホンを押した。

「はーい」

来客が敵だとも知らない呑気な声が帰ってくる。
ドアが開くと、そこには長身の男が立っていた。

恵美(魔王じゃない……悪魔大元帥、アルシエル)

確信し、恵美が唾を飲み込む。
確かに魔力はゼロと言って良いほど感じられなかった。

恵美は名乗りを上げてから戦いを挑むつもりだった。
戦いと呼べるほどの争いにはなるまいが、せめて勇者としての誇りに相応しく、と。
だが、

芦屋「ええと、どちら様でしょうか? 新聞なら取る余裕はありませんよ。MHKなら、テレビはありません」

あくまで呑気に、まるでただの人間のようにそうアルシエルが言った瞬間。
恵美の脳内が沸騰した。




恵美(お前が)

恵美(数えきれないほどの人間達を殺してきたお前が、そう言うのか)

恵美(人間のようなふりをしてそう言うのか――!)

言葉は出なかった。
思考よりも先に、右手に顕現する進化聖剣・片翼。
それを見て、ようやくアルシエルは事情を察した様子だった。

芦屋「なっ……」

だが、遅い。
魔力がないことを裏付けるように、ただの人間と変わらぬ速度で後ずさるアルシエルの胸を聖剣で突く。
剣を引き抜くと、悪魔大元帥アルシエルは呆気無く倒れ伏した。
玄関に血が流れ出る。

恵美(……死んだ、か……?)

その瞬間、恵美の足下に倒れたアルシエルの手が伸びる。
その手は恵美の足首を、瀕死とは思えない握力で掴んだ。

恵美「な!」

芦屋「……魔王様のところへは……行かせん……」

内臓が傷つき、血の混じる咳を吐きながらも、アルシエルは手を緩めなかった。
もっとも、魔力のない彼にはそれ以外に何もできなかった。
せめて死ぬまで魔王に尽くす、それ以外は何も。

その様子は更に恵美の癇に障った。




恵美「このっ……悪魔の分際で!」

恵美「忠臣ヅラなんかするな……正しいことをしているような顔をするなああああ!」

言いながら、両手で逆さに握った聖剣をアルシエルの身体に突き刺す。
何度も。
何度も。

恵美「死ね……死ね、死ね、死ねぇぇぇっ!!」

一、二分ほど経っただろうか。
ああ、そういえば人が来ないな、このアパートは住人はいないのかな――
息が切れて手を止めた恵美が、そんなことを考える。
足下の死体は、とうに動かなくなっていた。

未だ足首を握っているアルシエルの右手を、聖剣で切り飛ばす。
部屋の中を覗うと、他には誰もいなかった。

恵美(こいつは魔王のところには行かせないと言っていた……なら外出中。十中八九マグロナルド)

恵美は思案する。
勝利を優先するならこの場で待つべきだ。
近くに隠れ、帰ってきた魔王がアルシエルの死体を目にして動揺した瞬間、背中から斬りかかる。
もしも奴が昨日のように夜まで働くのなら、相当な時間待つことになるが――

恵美(……待つ?)

恵美(こんな悪魔の住処で? 何時間も? こんな気分のまま?)

恵美(……できるわけがない)

オルバの忠告を思い出すが、要は敵が手を打って魔力を吸収する前に瞬殺してしまえばいいのだ。
まだ聖法気には余裕があった。
その際、相当な数の人間に殺人者として見られることになるが、どうでも良かった。
どうせ数時間後には消えて、二度と戻らない世界だ。
恵美は聖剣をしまい、笑って階段を降りていった。




恵美は電車から幡ヶ谷駅に降り立った。
道中、じろじろと見られた気がしたのは、服に点々と着いている血の跡のせいか。
それとも抑えきれない殺意のせいか。
それもどうでもいいことだった。

恵美がマグロナルドに入ると、時間帯は朝食には遅く昼食には早いといったところで、客は少なかった。

恵美(好都合ね)

いらっしゃいませ、と数人の店員から連呼される挨拶。
その中に、カウンターに立っている魔王の姿を認めた。

真奥「……? お客様?」

注文をせず、ただ自分を見つめる恵美に不審なものを感じたのだろう、魔王が問いかけてくる。
恵美はそれには答えず、聖剣を顕現させる。
そしてそのまま、剣を両手で持ち振りかぶった。

恵美「天光――」

魔王が目を見開く。
狙いが自分に着けられていることを察し、咄嗟に横に飛び退き――

恵美「――風刃!」

振り下ろした聖剣から凄まじい衝撃波が一直線に飛ぶ。
それはレジカウンターを砕き、魔王の左肩をかすめ、奥の機械を破壊した。



辺りが静寂に包まれる。
店員も、客も、誰もが何が起きたか分からないように呆然としている。
その中で、仕留め損ねた、と恵美が舌打ちした。
それがきっかけだったか、

木崎「……お客様! こちらへ! 裏口から避難して下さい! 店員の皆もだ!」

店員の一人が自分を取り戻し、叫んだ。
その声に弾かれるようにして、店内の人間が恐慌しながら店の奥へ走る。
魔王はただ一人、痛めた肩を抱えながら恵美をまっすぐ睨んでいた。

恵美(できる店員がいるじゃない)

恵美にとってはなおのこと好都合だった。
どうやら魔王の精神操作とやらも大したものではなかったようだ――
そう心中で嘲笑した。

木崎「まーくん、君もだ! 早く!」

真奥「……大丈夫です、先に行ってて下さい。警察と救急をお願いします」

木崎「何を馬鹿なことを――」

店内に残っているのは魔王と先ほどの店員のみだった。
この期に及んでバイトごっこを続ける魔王に恵美の苛立ちが増す。
そのとき、

真奥『……今すぐ逃げて、警察と救急を呼べ! 避難した人全員を安全な場所へ誘導しろ!』

エンテ・イスラの言語だったため店員には分からなかっただろうが、
魔王が店員に向かって催眠魔術をかけた。
途端、彼女が今までのやり取りがなかったかのように裏口に向かう。




不快さをあらわにした顔で恵美が問う。

恵美「……どういうこと? 魔王が人をかばうなんて。バイトごっこはまだ続けるわけ?」

真奥「……どういうこと、ってのは俺のセリフだよ……」

真奥「世界を守る勇者様が何やってやがる……勇者エミリアぁぁぁぁぁ!!」

魔王が怒号を上げた。

恵美(……なんだろう、変なの)

目の前で怒りながら自分を糾弾する魔王。
逃げながら怯えた視線を送ってきた人間達。
これではまるで……

恵美(……私が、悪者、みたい。ふふ)

魔王は混乱していた。

真奥(……どうなってる。勇者が俺を追っかけてきて攻撃するのは、分かる)

真奥(だが……)

真奥「なんで人間を巻き込んだ。人間を守るために戦ってたお前が」

何を言っているのか分からない、という顔で恵美が返す。

恵美「……巻き込む? 負い目のある身でこの店に勤めて、巻き込んだのはあなたでしょう?」

恵美「人間を散々殺して、逆にやられそうになったら惨めに逃げ出して」

恵美「必死で追いかけたら、化け物のくせに人間に混じって働くなんてふざけたことをしている……」

恵美「そんなクズが、人間の味方みたいな顔をしないでちょうだい。反吐が出る」

それでも恵美の側が人間に危害を加える理由にはならない、ということには気づいていないようだった。
その表情には、狂気が見て取れた。

だが、魔王は反論できない。
過去にしたことも、今していることも、全て事実だからだ。
せっかくこの世界で、新しいものが見られるようになってきた気がしていたのに。
過去の罪――魔王自身にはまだ罪かどうかもよく分からない過去――は容赦なく迫ってくる。




真奥(……これが、力で征服しようとした報いか)

自嘲する。そして覚悟を決める。
元々相手とは殺しあった仲だ。
最早この場は戦って事を収めるしかないのだと。

恵美(もう逃さない。一撃で決める)

恵美が聖剣を構える。
魔王が腰を落とす。
その右手には、元々残っていたものか、それとも先ほどの短い時間で逃げ惑う人々から集めたものか、
少なくない量の魔力が集まっていた。当たれば恵美とて無傷では済むまい。

恵美「終わりよ、魔王」

直後、恵美が駆けた。
魔王が待ち構える。
その彼に、恵美が叫ぶ。

恵美「アルシエルのところに逝きなさい!」

真奥「ッ……!」

二人が交差する。
時が止まったように静寂が辺りを支配した。

恵美の横腹が、ほんの少しだけえぐり取られている。
魔王の胴体が、肩口から縦に大きく切り開かれている。

一瞬の後、魔王がぐらりと揺れ、そのまま後ろに倒れ込んだ。




真奥(……)

真奥「ちー……ちゃん」

真奥「ごめん、約束……守れなくて……ソフト、クリーム……」

聞き取り難い大きさの独り言を呟いていた魔王の首を、聖剣が叩き落とした。
悪魔の遺言など、恵美には呪いの言葉にしか思えなかった。

恵美「……終わっ、た」

大きく息をついた。
少々危ない橋を渡ることになったが、結果として多少の傷で魔王軍最後の二人を葬り去ることができた。
先ほどの店員が命令を実行したのであろう、遠くからサイレンの音が聞こえてくるが、気にすることはない。
間もなくオルバが来てゲートを開いてくれるはずだ。

恵美「終わったよ、お父さん……」

天国の父に報告する。
魔王を倒したら必ずそうすると決めていた。

だのに、何故だろう。
そのときは間違いなく、これ以上ない幸福な気分で報告できると思ったのだ。
だが今の自分はそれを感じていない。
魔王の返り血で汚れた自分の姿が窓ガラスに映る。
その姿は、まるで心の中を写したようで――

そのとき、恵美の胸を魔力弾が貫いた。
こぶし大の大穴が空いた自分の胸を人ごとのように見つめていると、視界がぐるりと回る。
倒れたのだ。
最期まで、恵美には何が起きたのか分からなかった。




恵美(……誰か、話して、る……?)

かろうじて見えるのは、法衣の男と、黒翼を生やした少年。

恵美(……天使……?)

「……はい、おしまい。呆気無いもんだね」

「不意打ちの上、力はほとんど使い果たしていただろうからな」

「かわいそー。お前のことを信じきっていたんだろうに」

「ふん、こいつが生きていて困るのは貴様も同じだろう」

「まあねえ」

「行くぞ。急がねば余計な手間が掛かる」

「はいはい」

ゲートに男が入る。
その後を追いつつ、少年の方が恵美を振り向いた。

「……報われないね、君も」

その表情には僅かな同情が見えるようではあったが、すぐに彼もゲートへと降り立った。

そのまま、恵美の意識は闇に落ちた。




恵美「ッ!?」

真奥「お」

漆原「げ、起きた。平和だったのに……」

芦屋「まったく、若い娘が昼間から居眠りとは、だらしがない」

鈴乃「大丈夫か? 寝汗が……」

千穂「遊佐さん、はい、ハンカチ」

辺りを見回す。

最早見慣れた――見慣れてしまった――六畳一間のボロアパート。
ヴィラ・ローザ笹塚の201号室だ。

恵美「あれ、私……」

千穂からハンカチを受け取り、顔に当てる。

恵美「……どうしてたんだっけ」

鈴乃「千穂殿と一緒に、ここの様子を見に来たのではないか」

鈴乃「居眠りしてしまったがな。食事の前に起きてくれてよかった、もうすぐできるぞ」

台所に立って何か茹でている鈴乃が答える。
どうせうどんだろう、と恵美は見当を付けた。
真奥は座ってマンガを読んでおり、芦屋は夏バテで横になっていて、
漆原はいつもどおりパソコンに向かい、千穂が恵美の心配をしてきた。

千穂「……あの、遊佐さん、本当に大丈夫ですか? なんか顔色悪いですけど……」

恵美「あ、はは、平気平気。ちょっと変な夢見てたみたい」





そう、夢だ。
内容はよく覚えていなかった。
ただ、何かとても良くない夢だった。
それだけが印象に残っている。

恵美が真奥を見て言った。

恵美「……あなた、生きてる?」

真奥「はっ?」

真奥が素っ頓狂な声を上げた。
他の者も様子のおかしい恵美を見て怪訝な顔をする。

恵美(何を言っているんだろう、私)

自分でもそう思う。
真奥が呆れた顔をした。
それを見て、恵美は――

真奥「当たり前だ、どう見たら死んでるように見えるよ。寝ぼけてんのか?」

真奥「大体お前、ほっぺに畳の跡ついてんぞ。芦屋じゃないが若い娘がそんなんじゃ……」

真奥の言葉が止まった。
畳の跡のついた恵美の顔。
その目は微かに涙ぐんでいた。




漆原「……なーかした、なーかした」

千穂「真奥さんっ!」

真奥「ええっ!? 俺!?」

慌てた真奥を中心にぎゃあぎゃあと騒ぎ出す。
それを尻目に、恵美はハンカチで涙を拭いた。

真奥「……なあお前、どうしたんだよ。なんかあったか?」

ひとしきり騒いでから、真奥が心配、と言って良いだろう表情で恵美に問う。
少し考えてから、恵美はそっぽを向いた。

恵美「あなたに言うようなことなんてないわよ」

真奥「……お前な、人がせっかく……」

ジト目の真奥に、心中で言い訳した。

恵美(……言えるわけないでしょ)

部屋を見渡してみれば、奇妙な面子だ。
魔王、悪魔大元帥、堕天使、異端審問官、女子高生、そして勇者。
この訳の分からない慣れ合いが、

恵美(……心地良く感じたなんて)


おしまい
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